『星の王子さま』とリヨンをつなぐ絆——作者サン=テグジュペリの物語

世界で最も翻訳された物語のひとつであり、日本でも1953年の初訳以来、世代を超えて読み継がれてきた『星の王子さま(Le Petit Prince)』。その作者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが、実はフランス・リヨン生まれだと知る読者は、日本ではまだ多くありません。空を見上げてばかりいた内気な少年が、なぜ星々の間を旅する王子さまの物語を書くに至ったのか——リヨンと『星の王子さま』を結ぶ、ひとりの飛行士の物語をたどります。

三日月に座って星を釣る少年のイラスト(星の王子さまをイメージした作品)
イラスト:montrealcentreville.ca

この記事を書いた人

リヨン出身のフランス人。日本在住。日本人旅行者向けに、実際の現地情報をわかりやすく紹介しています。

目次

空を見上げる少年——リヨンで生まれた「ピック=ラ=リュヌ」

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは1900年6月29日、リヨン2区、ベルクール広場からほど近い「リュ・デュ・ペイラ8番地」(現在の8 rue Antoine-de-Saint-Exupéry)で生まれました。幼い頃の彼は、いつも空をぼんやり見上げていることから、家族に「ピック=ラ=リュヌ(月を突く子)」というあだ名で呼ばれていたといいます。学校の成績はぱっとしなかったものの、それは彼が人一倍豊かな空想の世界を持っていたからだとも言われています。

後年、多くの伝記作家が指摘するのは、この「空ばかり見ていた夢見がちな少年」こそが、何十年も後に星々の間を旅する『星の王子さま』の原型だったのではないか、ということです。リヨンの空の下で育まれた空想が、遠い未来にひとつの物語として結晶することになります。

少年は空へ——アエロポスタルのパイロットになる

やがて大人になったサン=テグジュペリが選んだ職業は、当時最も危険な仕事のひとつ、アエロポスタル社の郵便飛行士でした。1920年代後半、トゥールーズを起点に北アフリカ、さらには南米へと郵便を運ぶ航路を、羅針盤と地図だけを頼りに飛び続けました。

ビンテージ航空機のエンジンとプロペラ(イメージ)
写真:イメージ/Pexels

1935年、リビア砂漠での不時着という九死に一生を得る体験をします。数日間、水もほとんどないまま砂漠をさまよったこの経験は、のちに『星の王子さま』の冒頭——語り手である「ぼく」が砂漠に不時着し、そこで王子さまと出会う場面——にそのまま生かされることになります。『星の王子さま』の物語は、リヨンで空を見上げていた少年が、実際に空を飛び、砂漠に落ちた末に生まれた物語だったのです。

1943年、ニューヨークで——亡命先で生まれた物語

第二次世界大戦でフランスが陥落すると、サン=テグジュペリはアメリカへ亡命します。ニューヨークの小さなレストランで、彼は紙のテーブルクロスに何かの人物の絵を描いては時間をつぶす癖がありました。その落書きに目を留めた編集者が「子供向けの本を書いてみては」と勧めたことが、『星の王子さま』誕生のきっかけになったと言われています。

1943年4月、ニューヨークで出版されたこの物語には、彼自身の人生の断片がいくつも織り込まれています。王子さまが大切にする一輪のバラは、気性の激しい妻コンスエロがモデルとされ、物語の中で数えられる「43回か44回の夕日」は、執筆当時の彼自身の年齢に重なるとも指摘されています。そして砂漠に不時着し、機械の修理をしながら王子さまと言葉を交わす語り手の姿は、リビア砂漠で遭難した飛行士サン=テグジュペリ自身にほかなりません。物語の翌年、1944年7月31日、彼は偵察飛行のため地中海上空へ飛び立ったまま消息を絶ちます。享年44歳。機体の残骸がマルセイユ沖で発見されたのは、実に2000年になってからのことでした。

なぜ日本でこれほど愛されたのか

日本での初訳は1953年、フランス文学者内藤濯による岩波書店版『星の王子さま』。この翻訳は長年ほぼ独占的に読まれ続け、「星の王子さま」という邦題そのものが原題以上に浸透するほどの存在になりました。2005年に日本での著作権保護期間が満了すると岩波書店の独占翻訳権も消滅し、複数の出版社が一斉に新訳を刊行する「新訳ラッシュ」が起こったほどです。内藤濯訳だけでも600万人以上の読者に読まれてきたとされ、今なお書店の児童書・文庫コーナーに定番として並び続けています。

かつて神奈川県箱根町には、生誕100周年を記念して1999年に開館した「星の王子さまミュージアム 箱根サン=テグジュペリ」がありましたが、来園者減少と建物の老朽化を理由に2023年3月31日をもって閉館しました。日本国内で王子さまの世界観にじっくり浸れる施設が失われた今だからこそ、あの空想少年が実際に生まれ育ったリヨンの街は、フランスと『星の王子さま』の両方を愛する日本人読者にとって、より一層特別な場所になったといえるでしょう。

リヨンに今も残る、ふたりの絆の跡

物語の原点であるこの街には、サン=テグジュペリと『星の王子さま』の絆を伝えるものが、今も点在しています。

ベルクール広場に立つサン=テグジュペリと星の王子さまの像
写真:media.lyon-france.com(リヨン市公式)

ベルクール広場の南西の角には、サン=テグジュペリと星の王子さまが白い大理石の柱の上に並んで座る銅像が立っています。地元リヨン出身の彫刻家クリスティアーヌ・ギヨベが手がけ、生誕100周年にあたる2000年6月29日に除幕されました。柱の高さは5m以上、重さ7トン。台座には彼の作品からの3つの言葉と、『星の王子さま』最後のページの一文が刻まれています。

サン=テグジュペリと星の王子さまの像
場所:Place Bellecour(広場南西角、リュ・アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ沿い)、69002 Lyon
最寄り:メトロA・D線「Bellecour」駅からすぐ
除幕:2000年6月29日(生誕100周年)

そこから徒歩数分、生家跡の建物3階部分には「ここでアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが1900年6月29日に生まれた」と刻まれたプレートが今も掲げられています(建物内部は個人宅のため非公開)。

そして、リヨンの空の玄関口であるリヨン・サン=テグジュペリ空港も、ベルクール広場の像が除幕されたのと同じ2000年6月29日、それまでの「リヨン・サトラス空港」から現在の名前に改称されました。

建築家カラトラバが設計したリヨン・サン=テグジュペリTGV駅(愛称「鳥の駅」)
写真:media.lyon-france.com(リヨン市公式)

隣接するTGV駅は、スペイン人建築家サンティアゴ・カラトラバが設計した、翼を広げた鳥のようなシルエットが印象的な建築で、地元では「鳥の駅」の愛称で親しまれています。駅前広場には、リヨンの漫画(BD)関係者3名(アラン・ラヴーナ、バンジャマン・ルベーグ、彫刻家パスカル・ジャケ)が制作した高さ3.2mのブロンズ像「Brila Estonteco(エスペラント語で「輝かしい未来」)」も立っており、サン=テグジュペリとライオンが本とペンを抱える姿が表現されています。空を見上げていた少年が、今では空港そのものの名前になった——そんな巡り合わせを感じさせる場所です。

訪ね方のヒント

アクセスまとめ
ベルクール広場の像:メトロA・D線「Bellecour」駅すぐ、24時間見学可能・無料
生家跡プレート:ベルクール広場から徒歩3分程度
空港/TGV駅の像:リヨン・サン=テグジュペリ空港ターミナル前広場

ベルクール広場の像と生家跡プレートだけなら30分程度で巡れます。プレスキル地区の散策([プレスキル&コンフリュエンス完全ガイド]参照)と組み合わせるのがおすすめです。

よくある質問

生家の建物は中に入れますか?

いいえ、現在も個人の住居となっており、内部は非公開です。外壁のプレートを見学する形になります。

『星の王子さま』のどの部分が、彼自身の体験なのですか?

物語冒頭の「砂漠への不時着」は、1935年に彼がリビア砂漠で実際に遭難した体験がもとになっています。バラは妻コンスエロがモデルとされ、数えられる夕日の回数は執筆時の彼の年齢を暗示しているとも言われています。

日本にはもう『星の王子さま』の世界観を体験できる施設はないのですか?

箱根の「星の王子さまミュージアム」は2023年3月に閉館し、後継の常設施設は今のところ日本にありません。作家が生まれ育ったリヨンの街並みは、いわば「本物」に触れられる貴重な場所です。なお、彼の少年時代の家である仏アン県のサン=モーリス=ド=レマンス城でもミュージアム化計画が進んでいますが、2026年時点ではまだ一般公開されていません。

まとめ

リヨンで空ばかり見上げていた「ピック=ラ=リュヌ」という少年が、パイロットになり、砂漠に落ち、亡命先のニューヨークで一冊の本を書いた——それが、日本で何百万人もの読者に読み継がれてきた『星の王子さま』です。

  • :ベルクール広場(メトロ「Bellecour」駅すぐ、2000年除幕)
  • 生家跡:8 rue Antoine-de-Saint-Exupéry(プレートのみ、内部非公開)
  • 空港・TGV駅:生誕100周年の2000年に改称、駅前にはもうひとつの像も

日本で『星の王子さま』に親しんできたすべての人へ——物語がどこから生まれたのかを知ったうえで、この街を歩いてみてください。

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参考・公式情報

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